多発性骨髄腫と家族

多発性骨髄腫の治療記録。 最近、治療の当本人である主人もブログを始めました。 こちら➡︎ https://ken-ken-ken.muragon.com

多発性骨髄腫について
治療、症状、患者家族として
残せるものを置いていきます。


2012年8月=主人37歳
多発性骨髄腫と診断
治療開始
2013年
治療→自家移植→
同種移植→寛解
2014年
寛解維持
2015年12月
再発
2016年1月
治療再開

介護福祉士
娘二人の母親してます。

普通の日記5

こんにちは、
病気の記事を書きだして途中なのですが
いつもコメントくださっていた〇〇ダム様のコメント欄がなくなっていて、
直接お話しできなかったので
この場をお借りしてm(__)m


お名前を念のために一部伏字にしてますが、
大丈夫でしょうか(;一_一)


もし何かありましたら、コメント頂けますと幸いです。
私もコメント無しにしようかなって思い始めてます。



〇〇ダム様
8月26日のコメント、ありがとうございました。
バセドウ病とわかるまでに八カ月程かかり、
うつ病と診断されてお薬を飲んだり、
若年性更年期障害と婦人科で診断され漢方を何種類も飲んだり。
〇〇ダム様の仰る通り、一番きつかったのは大量の汗をかくことと、
それによる全身の異常な倦怠感、動悸でした。
主人は幸い一時的かもしれませんが、現在は様子観察で加療もなく
体調は落ち着いています。
治療まっただ中ではなかったのもタイミングとしては本当に良かったです。
今は急性的に悪化していた動悸を治すのに狭心症のお薬を一カ月半飲み、
穏やかではありますが落ち着いてきました。
共倒れ。これを一番避けなければなりません。
〇〇ダム様のお身体が心配です。
どうかご無理なさらず、ゆっくりゆっくりお過ごしください。


お返事遅くなりました!
本当にありがとうございました!!

普通の日記4

ご無沙汰しておりました!!



前回記事を書いてから二カ月半も経ってました(;一_一)
バセドウの症状がひどく出て、
まさかの主人と同じ医大へ転院し
買い物一つ一人では行けないほど狭心症の症状が出る始末。
娘が二人とも家事に積極的に取り組んでくれたので
無事短期間で【身体動かしすぎです数値=FT3が9→3】へ減少。
甲状腺刺激ホルモン(TSH)は相変わらず0.000と低下していますが、
異常な発汗と動悸が減っただけで死にそうに感じる事はなくなりました。


で、不運は重なるもので先日試験会場へ向かう主人を送り届けたあと
次女と買い物へ行く途中(一人での買い物が許可されておらず常に次女が付き添ってくれています)
赤信号を見落としていました!の車にスピードを出したままの状態で追突されあちこち打撲。
私側は完全に青信号になり、周囲の確認をしてから走り出していて。
過失はゼロでした。
一か月が経とうとしている今、神経の痛みどめの注射をしてもらい
日常生活での動きもヒョコヒョコ動きが減ってきた感じです。
次女もカラーを巻き、高校生活最後の体育大会に出られず
かわいそうなことをしました。



普段から安全運転に努めていたので、
こうしてても事故は起きるという話を警察の方としました。
また、次女にも私の症状を伝えてあったり、同乗している時に事故が起きたら・・と話をしていたので
事故当時、冷静に私への声かけをしてくれたり連絡をしていました。
『ママ!ゆっくり呼吸して!深呼吸だよ!』『苦しいところない?』
加害者へ『母は心臓が悪いんです!早く救急車を』
と、次から次へとテキパキ動ける娘、かっこよかった。


救急車で病院に運ばれストレッチャーに乗った私は、
救急センター内にいたのですが
軽傷だったので病院の廊下で待機していました。
その時初めて涙がこぼれてきたと後になって話していました。
次女はキリっと私を案じてくれていたのですが、
やはり内心は凄くこわかったと思います。


次女のおかげで、私は酷い状態になることもなく、
歩いて救急搬送先から帰る事が出来ました。
本当に頼りになります。
車も廃車になりましたが同等の車を補償してもらえました。


思い入れには金額がつかないと保険屋さんが仰ってましたが、
そこまで求めたところでどうにもなりません。
それよりも
次女の学校や高校生活最後のイベントへの悲しみのほうが私にとっては大きいです。
私の体調さえよかったら・・と何度も考えましたが、
次女は、そんなふうには絶対考えないで?ママを守れたならそれでいい、と。
んー、本当に良い娘に成長してくれました。




とまぁ、今年はいろい災難がかさなりましたが
これも辛抱の時期と踏ん張ります。


病気関連の記事を少しずつすすめていきます。
今後ともこちらでお世話になりますm(__)m

普通の日記3

暫くブログに立ち寄る事も出来ずm(__)m



ちょこちょこ【記事を書く】を押しては
途中で携帯閉じてしまう数日間でした。


梅雨が明け、夏本番という暑さになって
更年期障害が大暴走。
私の人生かつてない量の汗でフラフラしています(苦笑)


なんだこれ・・・・
って量の汗が後頭部から背中にかけて
流れ落ちていきます。


と、思っていたら
まさかのバセドウ病との診断でした。
主人と娘たちに、婦人科を変えた方がいいのでは?
と言われ、市内の婦人科を検索。
そのまま予約して次の日受診。


自宅から徒歩二分程にある婦人科で
更年期障害と言われた事、漢方薬を処方されて飲んでいるが
全く改善されていないことを伝える。
一年前に大きな甲状腺科の病院で橋本病と診断された事も伝える。


おじいちゃん先生は血液検査をしましょうと言い、
ついでにホルモンの数値も見ておこうかと。
今まで飲んでいたのとは全く違う漢方薬を処方。


二週間後に来てください、との事で今日受診。


薬があまり効いていないような気がすると、
受付にいた看護師さんに伝える。
ここの看護師さんは、みなさん良くみても60代の方ばかり。
凄く物腰柔らかくて言葉も温かい人ばかり。


すぐに名前を呼ばれ、
診察室に入るとおじいちゃん先生、
『なんだこの数値、橋本病なんかじゃないぞ!バセドウじゃないか』
と、目をまんまるにして言った。
強い口調だったので、正直一瞬引いた。


すると、前回伝えた症状を一から読み上げる。
『多量の汗に息切れ、めまい、手の震え、熱感だな・・・
 よし、ちょっと首を触ってみような』
ゴソゴソ・・・首周辺の太さを確認する先生。
『これはキツかったな・・・しんどかったろう』
その言葉にボトボト涙が溢れてどうにも言えない気持ちになった。
最近動悸もきつくて、先日調理してる最中に台所に寝転んだと伝えると
聴診器を取り出して胸の音を聴いた先生は
『これだけ脈が速いと苦しいなあ・・』と一言。


本当に苦しかったんだ。。。。
意味のわからない多量の汗に、ドクドク動く心臓。
筋肉が落ちているのかとものすごく不安になるほど階段をのぼるのがキツクて、息切れがして。
過去にかかなかった分の汗を今かいてるんだろうと言われたら、
ああぁそういうことなのかなぁ、と思い、
階段がきついのも体力落ちてるんだなぁと思い、


 なんかしんどかったんだ、ほんと。


主人も子供も私がキツイのを本当に心配してくれて、
声もかけてくれるし、ムリしなくていいんだよって言ってくれるし
本当に家族に救われた。


今後は服薬をして、改善するのを待ちます。
最初は少ない服薬量で様子見、効果が薄い場合は量を増やしながら
経過観察をするそうです。


今の症状が軽減されるなら、改善する日を目指して
コツコツがんばります。


幸い家族の理解があり、無理をしないでいいよと言ってくれるので
焦らずうまく付き合っていければと思います。



少しずつブログも書いていけるようになれたら
いいなぁ。。。。。。



(*^^)v