多発性骨髄腫と家族

多発性骨髄腫の治療記録。 最近、治療の当本人である主人もブログを始めました。 こちら➡︎ https://ken-ken-ken.muragon.com

多発性骨髄腫について
治療、症状、患者家族として
残せるものを置いていきます。


2012年8月=主人37歳
多発性骨髄腫と診断
治療開始
2013年
治療→自家移植→
同種移植→寛解
2014年
寛解維持
2015年12月
再発
2016年1月
治療再開

介護福祉士
娘二人の母親してます。

現在:6コース目以降と現在

同種移植関連記事を優先して書いていこうと

全記事でお話ししたのですが、

現在進行形の治療も変化が多いので

今の時点で一度書き残しておきます。



8月に5コース目までの治療について書きました。

1週目の金曜日から6コース目に入る予定であるところまで、ですね。

ちょっと前の記事でも、現状報告の記事に今回の件について残しています。



予定通り8月4日の金曜日に6コース目の治療をしました。

治療内容は、ベルケイド、エンドキサン、レナデックスです。

ところがその週末から体調悪化につき、休薬になりました。

6月にあった状態と似たような感じですが、

高熱が長く続き腸炎の兆しもみられるという状態でした。


その為、医師が話していた治療薬変更になります。



ベルケイド、エンドキサン、レナデックス、カイトリル

から

レブラミド、レナデックス

へ。



レブラミドは高齢者の方や、多発性骨髄の初期治療にも使われる薬なので

入院の必要もなく投薬出来るとのお話でした。

また、初めは少量(2カプセル)からスタートして最大(5カプセル)まで増薬可能とのこと。


8月18日からはレブラミドによる治療に入りました。

レブラミド・2カプセルを21日間内服

一週間の休薬あり

レナデックス・5錠を毎週金曜日に内服

休薬なし



11月10日の通院時、採血検査の結果κ値とκーλの比が上昇していた為、

レブラミドを1カプセル追加になりました。



今日現在まで、治療薬を変えてから感染症による体調悪化はありません。

ですが副作用は主人にとって相当キツイようで、

痺れや倦怠感、めまい、感情コントロールが難しいといった状態に

精神的に限界を感じる事が出てきているようです。



抗がん剤の効果も副作用も個人差があると、何度も説明は受けてます。

ただ、起きてみないとわからないのも事実で、

抗がん剤を使用する事で苦痛を感じた時に治療そのものの必要性に戸惑うのも仕方がないと感じています。


主人はこんなにキツイ思いをしてるのに、

検査結果のデータが悪くなっている現実に失望感を抱きました。

もちろん、その思いに何らおかしい事はありません。

ずっと抗がん剤のある生活で、自家移植も同種移植もして、

服薬も感染対策も医師に言われた通りにしてきているのにガン細胞が増えている検査結果が出る。

その事実は主人にとっても家族にとっても苦しいものです。


ただ一つ言えることは、

病気が発覚した時点であと一週間遅かったら命の保証はなかった、

と言う医師の言葉からから様々な治療を経て

五年二ヶ月という月日が経過して今ここに生きているということです。



多発性骨髄腫を患ったその時から、

この病気に関わる治療は治癒ではなく延命治療をしているんだという意識。

同種移植で治癒を期待できるのではないかという、挑戦。



発覚した当時の検査結果は病院がざわつく程の異常値

κ型 14400.0

λ型 7.4

κ/λ比 1945.95

ベンスジョーンズ型

骨髄穿刺(マルク)も出来ない程ガン細胞が大量に増幅していて

検査すら出来ない


ここから始まった治療です。




精神的にも肉体的にも蓄積している悪いことが主人を包み込んでしまっているのは

悲しいけれど、苦しいけれど、完全には取り除くことは不可能です。


私だったら耐えられないかもしれない。

私だったら一歩も外に出られないかもしれない。


私だったら・・ そんな事考えても代わってあげられない。

病気になるのが私だったら良かったと思ってもそうはできない。

出来るなら病気が発覚した時点で代わってます。


でも出来ないんです。



私に出来ることしか、主人にはできません。

してあげられることは、現実的に可能なことだけです。

怒っていようが、機嫌が悪かろうが、きつそうにため息ついていようが寝込んでいようが

家族として妻として出来ることをするだけです。



物凄く辛そうにしていても、

優しい言葉だけをかけているわけにはいきません。

それでも今しないといけないことをしてもらわないといけません。


弱音を吐いてイライラしたところで、

適当に相づちうってわかったふりも出来ません。

時には強い言葉で強い物言いで話をしなければなりません。



本当に支えて看病をしていくのは家族にとっても歯をくいしばる事が多々あります。

それを支えてくれるのは、患者である主人が生きている事であって、生きたいという想いがある事です。



明日、増薬後の通院で検査があります。

副作用の事も含めて今後の治療についての相談をしなければいけません。

明るい選択が出来ますように。

主人が少しでもしんどさの減る治療が出来ますように。




皆さんも急激に寒くなった今日。

どうか暖かくしてお過ごしください(^ ^)

初期 同種移植後day12〜

まず始めに。

私が書いているこの病気に関する記事は

実際治療をした内容、経過を検査結果や当時の日記、メモを元に

書いています。

家族視点で見えたもの、感じことを残せるように。

同じような治療をする方、そのご家族の疑問や不安を少しでも減らせたら・・

小さな「あ、そうなんだ」に繋がればいいなぁと言う思いから

残しています。


治療も投薬も、

必ず個人差があるということ。

ツライ、キツイと感じることも個人差があるということ。

治療の結果がどう出るのか、

お医者様の中でも確立したものはないと思います。


私が書き残せるものは

主人に実際あったこと、のみです。

以上の点をご理解くださいますようよろしくお願いします。


そして、この記事を読んでくださった方、

ご家族の方が今日を、明日を、1日も長く

いつものように迎えられることを願っています。




では、本題です(^ ^)


同種移植の記事は二度目です。

前記事はday1〜day11まで書きました。

参考記事にしている私の日記はこの辺から

ほとんど記入がありません。

前記事のような詳細はありませんが、

検査結果やメモの残りを見ながら書いていくことにします。



今回は移植時の患者がすべきこと、

絶対に頑張ってしなければいけないこと、

気をつけること、

をメインに書いていきます。



同種移植後、一番重要な目標地点は

「生着」です。

移植前に行う大量の抗がん剤投与によって、

体内にあるガン細胞を根絶させたあと

ドナー様から頂いた幹細胞を移植して

患者の骨髄に根づくのを待ちます。


患者の体内の細胞がドナー様から頂いた細胞に

入れ替わる、そんなイメージです。

患者本人の体が作り出す間違った細胞=がん細胞を送り出すのを

なくしてしまおう、そういう治療だと説明がありました。



移植後は全身に湿疹が出たり、微熱が続いていました。

一番きついと言っていたのは顔面の奥からくる強い痛みで、

後にこれは副鼻腔炎が原因だとわかりました。


大量の抗がん剤投与で白血球がゼロになるので、

小さなウィルスや菌にも体は抵抗が出来ない状態になるんだそうです。

よって、ささいな炎症やウィルス、菌への抵抗力もないので

それらの症状が出てきた場合は体外から薬を使って対処する訳です。


白血球が増え始めるまでが一段階目。

とにかくここを目指すので、採血結果の白血球の数値に

一喜一憂するような状態でした。


無菌室内での主人は、ベッドでぐったりと寝ていることがほとんどで

病室内にあるトイレに点滴を引きずって行くのも辛そうでした。

それでも、医師・看護師さんから説明のあった


絶対にしなければならないこと↓↓

・トイレでのウォシュレット使用

・丁寧な手洗い

・うがい薬を使用したうがい

・手指のアルコール除菌

は、徹底して行っていました。

トイレに行く度に、必ず、です。


手洗い、うがいをした後はベッドに倒れこむようになっていましたが

それでも絶対やり切っていた主人。

ストイックな性格が功を奏した一面だと思います。


移植をするにあたって、粘膜が異常な程に弱まります。

それは体内のありとあらゆる粘膜です。

口腔内から胃、腸に至るまで、口から入って肛門から出るその瞬間までに

リスクがあるわけです。

粘膜障害の起こる場所で様々な炎症が考えられます。


患者本人がそのリスクを避けるために出来ることが、

口から入る菌を防ぐことです。


移植をする=口内炎がいっぱいできる

主人が病気になる前から私は単純にこのイメージが強かったです。


体外から菌を中に入れる可能性があるのは、

口、トイレでの肛門周囲(女性なら陰部も)、治療に関わる器具を介して。

この話も説明にありました。

治療に関わることは私達にはどうも出来ませんが、

どんなに苦しくても痛くてもつらくても

患者にしか出来ないことは、患者自身が頑張らないといけないという自覚と行動が必須です。



家族としてできること、していた事は

トイレから出てきた時にうがいや手洗いの下準備をしておいたり

ベッドに戻った後に点滴の管が床につかないようにしたり

(点滴の管が床に着いてしまうと、床にある雑菌が管を通して手や口に付着するおそれがあるので、床につかないようにしてくださいと注意がありました。)

床に触れてしまったらアルコール綿で拭いていました。

手に触れるもの口につけるものも、時間をみては熱湯を通したりアルコールやうがい薬を使って

清潔な環境で使えるようにします。



小さな危険も体内に入ると命に関わる。

移植後に一番大事なリスク回避はこれに尽きると思います。




ーーーーーーーーーーーー



少しずつですが、同種移植関連の記事を優先して書いていきます。


Mariko様

コメント頂いてから反応大変遅くなりました。

twitterでもフォローさせて頂きましたが、

何かしらの情報をお伝え出来たら幸いです。


同じような年齢での発症、治療で家族としての不安は計り知れないと思います。


私たち家族も、そして本人も、

何が正しい選択なのか、どの選択が正しかったの、

今でも常に考えます。

ですが、1番に考えたことは「治療だけの生活」を1日でも減らしたい、

主人が苦痛なまま過ごす時間を少しでも減らしたい、

という事でした。


この病気が主人に発病した事は変えられない事実で、

家族としても受け止めなければならない事実であること。


多発性骨髄腫に完治がないという事実。

寛解があっても完治ではないこと、

自家移植のみで治療を続けていった際に

いずれ起こるであろう再発時のデメリットの説明を

何度も医師から説明を聞いたうえで主人も同種移植を決めました。


この年代で治療の症例も少ないなか、

どの治療をどの段階ですることが一番正しいのか悩みますよね。

私も主人が主治医に

「するしかないってことですよね?します、先生がその治療が必要って言ってるんですから」

ってカンファレンスで答えた時に

『あぁ、決めた。するんだ、この人は。うん、するしかないよね』って

自分に言い聞かせました。


治療に耐えるのも、受けるのも、苦しいのも怖いのも

全部本人なので、後は全力で支えるしないなって思いました。

小さい子供であれば本人は決められませんが、

大人である本人が決めた事であるなら、

想う事も言いたい事もきりがなく溢れてきますが、

やっぱり支える事しか出きません。


心労絶えない事と思います。

支えていく側も負担は大きくあります。

どうかご自身のご自愛も忘れずにお過ごしください。

近況報告とか、、、他(ーー;)

最後の更新から気づけば二ヶ月近く経ってるのか…な…(ーー;)



生きてます!

私も主人も(^^)



まずはそこからですね…。

私も病気関連のブログを書かれている方が

急にピタッと更新なくなったら


…もしかして…


と考えてしまう瞬間があります。



それと加療はリアルタイムに進行していて

書きたいことは山のように積もっていく。


無理なくゆっくり更新していきますと

そう言ってはいるものの、

ブログ自体をポチッと出来ないのもどうかと

自分をゃゃ、ゃゃ、駆り立てている次第です。



深夜にもなりますので、

近況を。



前記事を書いて間もなく、

一週間くらいあとだったか、

『今回ばかりは緊急入院して頂きます』

といった事態になっていまして。


仕事から帰ってくるなり、

鼻声。しばらくして、鼻水が出始める。

全身倦怠感がひどい。

節々が痛い。


この時点で、八月にも関わらず

大急ぎで毛布を引っ張り出す。


夜中にガタガタ震えだし、熱は39度。

寒気の訴えが止まらないので慌てて毛布と掛け布団を用意。

一時間おきに検温して、酸素濃度も計測。

夜中の3時頃には39.5度。

カロナールを二錠飲ませて、ついでに水分を多めに摂ってもらう。

4時30分、薬が少し効いたのか38.5度。

一度下がっただけでもチャンス!と思い、

トイレへの声かけと水分摂取を促し、

気分転換になるよ!と濡れたタオルで顔を拭く。


カロナールの恩恵は三時間ももたせられず、

6時前には40度、、、7時には41度(ーー;)



主人は話もできない、目も開けられない状態。

動くのも無理との事で、とにかく担当医へ連絡。症状と状況伝えて、医師から今日ばかりは奥様に受診に来てもらって処方箋お渡ししますと寛大な対応をしてくれることに。


その際、担当医からは

六月にもこんな感じになっていて、

ひと月おきに悪化する事を考えると

今の治療方法は変えた方がいいと思っています。とお話がありました。


とにかく処方箋もらって、帰宅してすぐに服薬。二時間がくらいには少し座っていられるまでに。体温38.5 Spo2は91


次の日に受診。

車椅子にて動き回ることに。

採血してCT撮ってレントゲン撮影もして、

ベッドへダウン。


CRPの炎症反応が14まであがってて、

腸炎にもなりかけてるとのこと。

酸素濃度も90〜94をいったりきたり。


担当医、副担当医が

緊急入院の支度と連絡に動き出した


そのとき。

『盆時期に入院とかうるさくてたまらん』

『妻が見られるし帰るわー』と。


医師相談の結果、

とにかく今より少しでも悪化したら、即入院です。抗生物質を多めに飲むこと、二十四時間いつでも構わないので、状況を病棟に待機している医師へ連絡する事。

しっかり内薬と水分摂取すること。


この条件でのお約束が出来るならと

入院しないでいいという許可がいただけました。


一時間に一度の検温、酸素濃度の計測、

水分摂取の声かけサポート。

何時間かおきに全身の清拭と、着替え。

主人は目を開けるのも座るのもきついなか、

しっかり協力してくれました。



その結果、なんとか入院せずとも

体調は回復の兆しがみえてきて

ひと段落。




小さな鼻風邪一つでも、

ここまでの事に繋がるのだと。


普段、可能な限りの菌対策をしていても

うがい手洗いマスクを確実にしていても

スッと入り込んでくるウィルス。


これ以上どうしたらいいの!!!

と、わめいてみたくもなるような状態。


ぁ、もちろん、ですが。


何も言いません(笑)

言うことで改善されるなら、

ハナっからこんな事にはならないし。



とまぁ、あの八月の体調悪化時期が半月ほど続いて、治りかけの時に、抗がん剤の変更案が出たのでした。



抗がん剤

前 :ベルケイド 新:レブラミド


ステロイド

前:レナデックス 5錠×三回

新:レナデックス 5錠×四回


現在ほ

ステロイドは週に一度だけど、

ステロイドの休薬がなくなった。



こんな感じかなぁ。



検査の数値は良くも悪くも穏やかに波打っています。


真摯に受け止めていくしかない、

今より悪くならないように全身で。



ゆっくりですが、

治療記事も少しずつアップしていきます。



みなさんのお部屋にもお邪魔させていただきます!明日から寒くなるそうなので、しっかり暖かいお洋服でまるまるになってお過ごしください