多発性骨髄腫と家族

多発性骨髄腫について
治療、症状、患者家族として
残せるものを置いていきます。


2012年8月=主人37歳
多発性骨髄腫と診断
治療開始
2013年
治療→自家移植→
同種移植→寛解
2014年
寛解維持
2015年12月
再発
2016年1月
治療再開

介護福祉士
娘二人の母親してます。

ご無沙汰してましたm(__)m


お正月のご挨拶をしてからあっという間に五カ月が過ぎていましたね。



家族も私自身もいろいろあった五カ月。
サクッと現状まで振り返って、
引き続き【多発性骨髄腫】に関わる記事を残していくことにします。


一月
・主人の再発が認められ、治療再開。
・私に突発性難聴が起こり数日完全に方耳が聴こえなくなる。
・次女の事故関連通院が終了。


二月
・通院での化学療法をしながら主人は仕事を継続。
・私二度目の難聴が起こり、いくつかの検査と服薬開始。


三月
・私の交通事故の通院期間期限が迫り、あちこちで最終検査。
・私の左大腿部付け根にしこりが出来て手術。
 リンパからの採取だったが、悪性のものではないとの診断。
・次女が高校を卒業。
・難聴の原因がメニエール病と確定し、頻繁に起こる耳鳴りと耳閉感、動けなくなる頭痛とめまいに悩まされる。(現在進行形)
・線腫瘍甲状腺腫の再検査を行うが、現状維持で定期検査へ。
 バセドウ病の服薬量を変えるが数値悪化にて元に戻る。


四月
・交通事故に示談と後遺症等級申請に関して弁護士を入れる為、書類集めと弁護士探しに動きまわる。
・長女の就職活動が本格的に始まる。
・難聴とめまいで動け居ない日々が増える。



ザザッとこんな感じ。


主人の再発は前回の治療終了から約半年ほど。
思っていたより病気の目覚めが早かった。
ジワジワ増えるκの値と崩れ始めるκとλの比に「もしかしたら…」
と想ってはいたものの、実際再発と言う言葉を聞くと
『あぁ…』と受け止めてしまうのが現実。


ただ、主人は今でも毎日仕事へ行き、通院以外の欠勤もなく過していて
治療や移植をしていなければこの日常はないんだと言うのも現実。


私の方が次から次へと不調が起きていて、ただただ申し訳ない状態。


どっちかって事ではないけれど、主人の方が大病を患っているのに
私の方が日常的に考慮してもらう症状が多くて主人や家族に負担をかけてしまっている。それについて誰も悪く言わないので感謝深謝。



昨日、再発後の治療3コース目が終わり、
【多発性骨髄腫】の治療に関わる最新の情報はやはり現患者が行っているものだということを担当医や主人と話したので、
過去の治療に関する記事と、再発後の治療に関する記事を
再開しようと思ったのがブログに戻ってきたきっかけです。


病気に関する記事が少ないのも、周知されていないのも
発症例がそう多くない病気であるなら仕方なく。
知る方法は限られてくるので少しでも目にとめるものがあればいいなぁと
その思いのみで残していきます。



初期治療は同種移植から再発までを[初期]というタグで
現在進行中の治療に関しては[現在]タグで書いていきます。
古い記事へのリンク等をうまく扱えないの、
移植関連記事へはタグから飛んでくださいm(__)m



あと、コメント欄を再開しますが、病気に関係ないコメントや不快なコメントはスルーします。



では、ぼちぼち宜しくお願いします(+_+)