多発性骨髄腫と家族

多発性骨髄の治療記録です。

多発性骨髄腫について
治療、症状、患者家族として
残せるものを置いていきます。


2012年8月=主人37歳
多発性骨髄腫と診断
治療開始
2013年
治療→自家移植→
同種移植→寛解
2014年
寛解維持
2015年12月
再発
2016年1月
治療再開

介護福祉士
娘二人の母親してます。

初期:病気の発覚まで

前ブログに書いてた記事をなんで
残していなかったのか(;一_一)


一から書こうと思うものの、
何を書いていたんだろうと思いだしながら
主人が残してくれていた
治療記録や検査データをもとに
病気の記事を残していきます。



【多発性骨髄腫】
他の同じ病気のブログを拝見していると、
病名が出るまで時間を要した方が多いのに驚きます。


主人はその点、良い医師との出会いがあり
初期症状が出てから早い段階で
この病気を疑って下さった整形外科医の医師が
大学病院に紹介状をかいてくださいました。


一番最初に出てきたのは骨の痛み。
洋服を一人で着られないほどの痛みに
精神も身体もボロボロになっていた主人。
なかなか病院に行こうとしない主人も、
さすがにきつかったのか整形外科を受診。


その整形外科は主人の社内では、
やぶ医者と言われるおじいちゃん先生。


けれど、主人の骨のレントゲンと血液検査の結果をみて
すぐ大きな病院でMRI検査を予約してくれました。
どうして整形外科で血液検査をするのか、今思い返せば
先生の診断が鋭かったことに驚かされます。


県内で主人の年齢でこの病気を発症したのは
始めてだと後に大学病院で言われました。


その病気を疑ってかかった、このおじいちゃん先生。


一人目の良い医師との出会いです。
大学病院に行った時点で、あと一週間遅かったら
命の保証はなかったと言われた状態でした。


よく気づいてくれた。よく考えてくれた。
本当に感謝しています。
主人が治療入院をしてすぐに、おじいちゃん先生へ
お礼をお伝えしにいきました。


おじいちゃん先生は
これからが大変だよ、私も気付いて良かった、
そう仰ってくださいました。



生成の仰った『これからが大変だよ』と言うことばを
あー、ほんとうだ・・・と思うのはこの後すぐの事でした。



次回記事は、初期入院前後について。